2作同時リリースとなった『Use Your Illusion』は前作から4年ものブランクを挟んでのリリースだったことを考えれば、その2年後の4作目『The Spaghetti Incident?』のリリースは驚きの早さだった。それは同作がカヴァー・アルバムだったということも間違いなく関係しているだろう。
一方で、部外者にはわからない内輪ネタを基にしたタイトルからは、誰に何と言われようと自分たちのやりたいことをやるというガンズの意思が読み取れる。彼らが憧れのバンドたちへの敬意を存分に表現した作品だ。
だからといって『The Spaghetti Incident?』は、ファンにとって面白味の少ないアルバムだったというわけではない。第一に、収録曲を見ればガンズに影響を与えたバンド (ほとんどは往年のパンク・グループやハード・ロック・バンドだ) について知ることができた。
それに加え、『The Spaghetti Incident?』は、アクセル・ローズ率いるバンドが思いのままに作り上げた作品でもあった。彼らは刺激的なロックン・ロールという最高のかたちで、憧れのバンドにオマージュを捧げることができたのだ。
プレッシャーを和らげるためのカバー曲
アルバム『The Spaghetti Incident?』誕生のきっかけは、マルチ・プラチナに認定されるなど大ヒットを記録した大作『Use Your Illusion』の長期に亘るレコーディング・セッションにあった。有名な話だが、長期間スタジオにこもりきりだったことでバンドは疲弊しきっていた。そこで、後年のローリング・ストーン誌のインタビューでのスラッシュの言葉を借りるなら「プレッシャーを和らげるために」ガンズのメンバーは彼らの慣れ親しんだ楽曲のカヴァー・ヴァージョンを演奏していたのである。その際、彼らはテープを回すことも忘れなかった。
『The Spaghetti Incident?』収録曲の多くはこうして作られたものの、中にはずっと後になって付け足されたパートもあった。そのひとつとして、イジー・ストラドリン (『Use Your Illusion』のワールド・ツアーを最後にバンドを脱退している) のリズム・ギターは彼に代わって加入したギルビー・クラークの手で再録されたというのが、長らくファンの間での通説になっていた。しかし2015年のソングファクツのインタビューで、クラークはこれをはっきりと否定している。彼は、この点について以下のように語っている。
「俺がイジーのパートを上書きしたと思っている人が多い。だけど実際は違うんだ。そもそもイジーはほとんどの曲で演奏していなかった。だから俺はしかるべき音源に自分のパートを付け足したってだけなんだよ」
ガンズによる使命
中にはツアー中に制作された楽曲もある。スカイライナーズが1958年にリリースしたドゥー・ワップの名曲「Since I Don’t Have You」の印象的なカヴァー・ヴァージョンは、本来オフの予定だった日に録音されたという。メンバーはボストンのとあるスタジオを訪ね、まさかガンズ・アンド・ローゼズを担当するとは想像もしていなかった若手エンジニアとレコーディングに臨んだ。当時のグループのドラマー、マット・ソーラムはローリング・ストーン誌の取材に対してこう話している。
「アクセルはあちこちにカセットを持ち歩いていた。俺たちは各地の地元のスタジオに機材を持ち込んでレコーディングしたんだ。あれ以上のレコーディングはなかなか思い付かない。スタッフはどこか別のところにいて、エンジニアの若造も呼びつけられてギリギリで現れたんだ。スタジオに入ってガンズ・アンド・ローゼズを見たときのそいつの顔は忘れられないよ。”嘘だろう!”って感じだった」
モット・ザ・フープル風に生まれ変わった「Since I Don’t Have You」の堂々とした演奏で『The Spaghetti Incident?』は幕を開ける。だが曲調からすると、この曲はアルバムの中で異色といえる。アルバムの収録曲の大半は1970年代半ばから後半のパンク/ハード・ロックが占めているからだ。のちにアクセル・ローズは、ローリング・ストーン誌のインタビューで楽曲の選択について以下のように説明している。
「パンクにはあれほどエネルギーとか反抗心があったのに、メインストリームではあまり受け入れられなかった。でも俺たちは、好かれているかどうかは別にして、曲がりなりにもメインストリームの中にいる。だからそれを利用して、そんな曲を広めたかったんだよ」
『The Spaghetti Incident?』を聴けば、ガンズがその使命に意気揚々と取り組んだことは明白だ。キレの良いリズムが特徴的なナザレスの「Hair Of The Dog」や活気溢れるU.K.サブスの「Down On The Farm」などは、アクセルが主体となって選んだナンバーだ。
一方、テンションの高いアレンジが施されたダムドの「New Rose」や、くたびれた雰囲気はそのままに壮大さが加わったジョニー・サンダースの痛切な1曲「You Can’t Put Your Arms」ではダフ・マッケイガンがヴォーカルを取っている。どれもエネルギーや使命感、メンバーの想いがこもったカヴァー・ヴァージョンだ。
ニューヨーク・ドールズの「Human Being」やデッド・ボーイズのニヒルな1曲「Ain’t It Fun」に至っては、本家を越えてしまったと言ってもいいだろう。それほどの自信が感じられる演奏だ。
「俺たちはあんなにビッグだったのに、誰もそのルーツを知らなかった」
北米だけで100万枚以上を売り上げた『The Spaghetti Incident?』は、カバーアルバムながらビルボード誌のポップ・チャートで4位まで上昇。プラチナ・アルバムにも認定されたが、コンサート・ツアーによるプロモーションを伴わないアルバムとして、この成績は快挙だった。
予想外のところからも同作は評価を受けた。辛口で知られるヴィレッジ・ボイス誌のロバート・クリストガウは『The Spaghetti Incident?』にめずらしくA-のレーティングを付け、「しばらく経っても感動が消えない」と絶賛。
他方でローリング・ストーン誌は、「ガンズ・アンド・ローゼズがグラム・ロック・バンドとしての本性を見せた。しかもそのレベルは高い。もしT・レックスやドールズが初期のパンク・バンドだったら、こんな音楽性だったに違いない」と評した。
彼らはこうして憧れのバンドの楽曲を『The Spaghetti Incident?』で鮮やかに蘇らせたわけだが、リリースからかなりの時間が経った今でも、これらの楽曲へのメンバーたちの思い入れは強い。「Down On The Farm」は『Chinese Democracy』のワールド・ツアーでも演奏されたし、マッケイガンとソーラムは、サイド・プロジェクトであるニューロティック・アウトサイダーズのライヴで同作の収録曲をたびたび取り上げている。
最近でも、大絶賛に終わった『Not In This Lifetime』ツアーのセットリストに「Attitude」「Raw Power」「New Rose」の3曲が選出されている。ダフ・マッケイガンは2013年にヴィヴ・ル・ロック誌の取材でこう話している。
「あのレコードに好きな曲を全部入れられたってわけじゃないんだ。モーターヘッドの”Ace Of Spades”とか、あそこに入っていない曲だってある。でも全力を尽くしたし、何より楽しかった。当時、俺たちはあんなにビッグだったのに、誰もそのルーツを知らなかった。だから俺たちのレコードを通して、みんなに時代を遡ってパンクと向き合ってもらおうと思った。欠けていたパズルのピースを埋めてほしかったんだよ」